わたしのはなし。
毎日は、変化の連続
それでもいつのまにか慣れて、飽きて、疲れてうんざりすることの方が多い気がする。だから当たり前って怖い。
当たり前のようにそこに居ました。
留学に行く前から聴いていたラジオ。
流れてきた하루의 끝
歌詞の意味さえ分からなかったのにボロボロ泣いた。和訳を見て自分の為の曲だなんて本気で思ってた。今でも覚えているのは、私はこの気持ちを必ずジョンヒョンに伝えなきゃならないと思ったこと。必ず彼に、私の言葉で伝えられる日が来ますように。と願っていた。
私の中で彼のラジオや彼の言葉がいつのまにか土台になっていた。安定した土台の上に立つことで自分の感情と向き合えていた。 正解を教えてくれるんじゃなくて、分からなくていいということ。感傷的になることや苦しいという気持ちを隠す必要がないということ。
仕事や日常や人間関係。
今ならもう少し、上手に伝えられるよ。
苦しいことも嬉しいことも天気のことも食べたものも。
彼が亡くなる少し前に韓国語を使う仕事を始めた。真っ先に浮かんだのはジョンヒョン。お礼が言いたい、私がここまで来れたのはあなたの言葉のおかげだと。必ず伝えよう、またラジオを始めてくれたらその時でもいい。ソロ活動のサイン会でもいいかな?そんな風に、当たり前のように。
毎日毎日同じことをしてるつもりでいる。
でも1日も同じ日なんかないってことをみんな知ってる。
私はこれからもジョンヒョンの言葉や感情、見てきたものや感じたことを大切にしたい。
京セラドームに行ってきました。
感じることは人それぞれだから、公演中にそう言い聞かせていた気がする。
久しぶりにオニュさんの姿を見たのに彼の表情は空白の期間への想いよりも今この時間を踏ん張るようにこれからのしゃいにをどうするか、決意よりも今ここに居ること。を感じてるように見えた。
私はだめだった。
彼らを見ながらジョンヒョンを思い出すことを彼らは当たり前だと言ってくれると思うし彼らの言葉には5人があってそれを守って行くという意思があった。ミノが最後「みなさんにお願いがあります。ジョンヒョンさんを忘れないでください」と言ってた。苦しかった。ジョンヒョンの言葉や歌、声や笑顔や泣き顔、その時の想いを見ることや聴くことが出来る。でもそこに留まることは出来ない。
歩かなければいけない、というと少し強引に聞こえるけど歩く必要がきっとあって。それを分かっていながら4人と5人の記憶を大切にしたいと思いながら涙が止まらなかった。公演中ずっと声も出せずに泣いてしまった。
ジョンヒョンとしゃいにの記憶と一緒にいたい。
もちろん今の彼らと歩いて行くことをやめたいわけでもしゃいにから離れたいわけでもない。これから先の活動が上書き保存になって過去が消えていくこともない。
それでも今はまだ私には早かったなと感じた。どうしたって会場の中でずっとジョンヒョンを探してしまう。ここにいるよね?という言葉を見ながらボロボロと泣いてしまう。メンバーが上を見る度に横を見てほしいと願ってしまう。居ないという事実をまだ受け止めきれていないことを実感した公演でした。
マイナスな面を見たのではなく単純にもう少し立ち止まりたいという私のペースの問題。
東京ドームに行くのはやめようと思っていました。4人を見ながらジョンヒョンを探して泣くのは良くないと思ったから。悲しくなるなら行かない方がいいと思ったから。
でも彼らは立ち止まることを、悪いこととは言わないんですよね、きっと。
応援の形はそれぞれで彼らへの想いもそれぞれ。東京ドームで4人を見て同じことを思うのか自分でも分からないけど、彼らが作った空間や時間をもう一度しっかり見ようと思った。
ジョンヒョンが居なければだめだと思いながらでもいいと思うんです。ここにどうして彼が居ないのか分からなくて泣くこともいいと思うんです。色んな気持ちになっていいと思うんです。
向き合いたいと少しでも自分が思ってることに気づいたからちゃんと見ようと思います。
心理的空間は僕の全てを支配する。本当にその通りでした。崩れそうな時、いつもあなたの言葉にしがみついています。声が聴きたくなって寄り添ってほしくてあの時間が返ってこないことをまだ受け止めることは出来ないです。今もまだ、どう向き合っていいのか分からないです。立ち止まってるのに景色だけが変わっていくみたいにあの頃の5人を見て自分がどう思っていたのか忘れてしまいそうになります。ただ並んで笑ってる姿を眺めることしか出来ないです。でもきっとあなたならそれでいいと言うでしょう?大丈夫だと、進む速度が違うことを気にする必要がないと言ってくれるでしょう?心配しないでください。と言って笑ってほしいです。
ジョンヒョン、今日も私にはあなたが必要です。